賽は投げられた

【漢字】賽は投げられた
【読み】さいはなげられた
【意味】賽はサイコロのことで、投げた後は結果を待つだけということから、事は済んだのだから結果に従うしかないという意味。
【例文1】就職試験で全力を尽くした。賽は投げられた。
【例文2】賽は投げられたのだから、こちら側に従ってもらうよ。
【例文3】賽は投げられた。後には引けない。

賽は投げられたをテーマにした記事

賽は投げられた、しかしハズレも確定していた

行動が遂行中で後戻りが出来ない状況なことを表現する言葉で、古代ローマカエサルという人物がルビコン川を渡る時に言ったとされます。
サイコロが投げられた時点で賭けは締め切られるので、後は出る目を待つだけです。
町でよく見かける電気で動く遊戯機械と称される賭博マシンは、銀色の玉が入ったことを感知した時点で瞬時に抽選して当否を判定しています。
様々な演出が施されている場合が多いですが既にハズレが決定していることを客は知りません。
スイッチの連打やレバーを引く、タイミング良くボタンを押すことなどが指示されますが全く意味が無いのがほとんどです。
20歳を超えた大人が無邪気に遊興するさまは微笑ましい、訳がありません。
財布の中身がかかっているので死んだ魚のような濁った目をしながらも皆必死で大当たり連荘を望んでやみません。
演出のなかには始まった途端に高確率でハズレが確定するものもありますが、ある意味慈悲深いとも取れます。
高確率で大当たりとなる演出がされ、期待させておいてアッサリそれを裏切ってみせるのは結構残酷です。
演出の如何に関わらずハズレることは既に決定事項なのですから尚更です。
ごく少数の店舗ですが、賽の目を裏で自在に操ることが出来て、それがバレて暴動や警察沙汰になった件も実際にあります。
それでも今日も負けるために真昼間から勝ち目の無い勝負に興じる人は後をたちません。
そのような方々の人生は、あたかもハズレを出し続けるサイコロに見えてきます。

「賽は投げられた」あとは結果を待つのみ

「賽は投げられた」の「賽」とは賭博に用いられるサイコロのことで「賽は投げられた」とは勝負の結果を決めるサイコロはすでに振られてしまっているのだからもう後へは引けない、考えている余地はなくただ断行あるのみ、あとは結果が出るだけだということのたとえで運命の歯車は既に回ってしまったのだからもう後戻りはできないという意味です。古代ローマ時代にポンペイウスと対立しローマへ進軍したカエサル(シーザー)がルビコン川を渡る際に言ったセリフとして有名です。古代ローマ時代イタリア本土と属州ガリア・キサルピナを分けるルビコン川は北の防衛線でした。そのためルビコン川を武装して渡ることは禁止されていたため武装してルビコン川を渡ることはポンペイウスへの宣戦布告の意味がありました。同義後には「ルビコン川を渡る」があります。「賽は投げられた」と同じようにカエサル(シーザー)がローマへ進軍した時の故事に基づいています。ルビコン川より内側には軍隊を率いて入っていけないという掟に背くと反逆者として処罰されました。カエサル(シーザー)は処罰を覚悟でこの掟に背き軍隊を率いてルビコン川を渡ったことからもう後戻りはできないという覚悟のもとに重大な決断や行動を起こすことのたとえとなっています。