胸が一杯になる

【漢字】胸が一杯になる
【読み】むねがいっぱいになる
【意味】嬉しさや感動を強く感じる。
【例文1】子どもの卒業式で胸が一杯になる。
【例文2】立派に成人した我が子を見て胸が一杯になる。
【例文3】周囲に助けられている事に胸が一杯になる。

胸が一杯になるをテーマにした記事

子どもをみると胸が一杯になる

若いころに東南アジアをバックパックを背負って一人旅をしていたことがあります。
あれはどこの国だったかもう忘れたが、ある国から別の国へ陸路で移動するときにバスを利用した時こ事です。
その国はとても貧しくて、普通の大人が一生懸命に働いても家族を養っていくのは難しいくらい貧しい国でした。
大人だけで間に合わなければ当然のように子どもたちも働くことになります。
私が利用したバスが発着する停車場には、いつも何人もの子どもが様々な売り物を手にして、彼らから見れば考えられないような金を持っているに違いない外国人旅行客に、あの手この手で商品を売りつけようとしています。
バスを待つ私のところに一人の小さな少年がやってきて、しきりに買え買えと言ってきました。
手に持っているものを見るとどこにでもありそうなガムです。
私はあまりガムは食べないのだが、安いものだし一つくらいはいいかと買ってみました。
その少年は礼を言ってすぐに立ち去ったのだが、ふと見ると少し離れたところで同じガムを手にもってこちらを見ている少女がいます。
同じガムは2つもいらないよと言いたかったのだが、それを伝える言葉が思い浮かびません。
しばらくして少女が諦めて立ち去りかけた時に、少女が自分よりももっと小さな妹を背負っているのが見えました。
気ままに外国を旅している自分に比べて、遊びたい盛りに妹の世話をしながら親を助けて仕事をしている少女ををみると、思わず胸がいっぱいになりました。
言葉は通じなかったけれど身振り手振りで買うことを伝えると、少女はとても
嬉しそうな顔をしました。
その笑顔を見るとまた胸がいっぱいになりました。
あの少女も今では母親になっているのかもしれない。
その子どももどこかの街角でガムを売っているかもしれないが、幸せであればいいと思ってます。

発表会で、ママ胸が一杯になる

2月にあった我が子の幼稚園の発表会でまさしく胸が一杯になる思いをしました。遡ること1ヶ月ほど前の年明けに、年長の今年は歌に合奏に劇と盛り沢山の内容になると聞きました。正直それを聞いた時、去年の歌とタンバリンだけでも必死だったのに大丈夫かなぁと思いました。

それから毎日練習が続き、家に帰ってからも歌を口づさんだり「〇〇役になった!」と言ってセリフを練習していました。
ですがやはりなかなか上手くいかないようで、「練習もう嫌やなあ」とか「出来るようになるんかなあ」などと弱音を吐く日もあり、園児にはちょっと詰め込み過ぎではないのかなあとお友達のママ同士でも心配する声が上がっていました。

そして迎えた本番の日。
園に向かい、発表会が始まる前からカメラを片手にドキドキして待ちました。成功するのか、多くの保護者の方がまだ半信半疑のようでした。

ついに始まりました。 
まずは合奏です。ピアニカ、タンバリン、木琴、シンバルなどみんながそれぞれの楽器を巧みに操っていて、よく覚えたなぁとそれだけで胸が一杯になりました。

次は歌です。当たり前ですがカンペも無い中、間違えることなく大きな声で自信を持ってみんなが歌えていました。
そして劇になりました。そろそろ疲れも出てくるだろうに、一人もセリフを間違えずに役になりきっていて感動しました。

すべてが終わったあと、胸が一杯で泣いているママもいたのですが、心配していたのは親ばかりで、子どもたちは立派に発表会をやり遂げて笑顔でした。

たくましく成長した姿に、とても感動した発表会でした。