食うか食われるか

【漢字】食うか食われるか
【読み】くうかくわれるか
【意味】相手を倒すか、相手に倒されるかの勝負ごと。
【例文1】いよいよ選挙の開票で誰が食うか食われるか。
【例文2】模試の結果で食うか食われるか勝つのはどちらか。
【例文3】食うか食われるかの厳しいモデル業界。

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中国と日本の戦国時代「食うか食われるか」はドラマティック

「食うか食われるか」は「相手を倒すか、相手に倒されるかという命がけの戦いのこと」です。命がけの戦いと聞いて思い浮かぶのは中国だったら項羽と劉邦、日本だったら上杉謙信武田信玄ではないでしょうか。項羽と劉邦の話は司馬遷の「史記」という歴史書にでてきます。時代は秦の始皇帝が亡くなり、群雄割拠の戦国時代に突入します。その中にいたのが項羽と劉邦です。項羽は項梁とともに呉で挙兵し、劉邦はハイにて挙兵します。両軍とも秦を落とそうと行軍します。項羽は正面突破策を選び、ワンマンなやり方で兵を進め、劉邦は部下の意見を取り入れ、兵をまとめて進んでいきました。その結果劉邦が先に秦の都の咸陽を落としました。しかしそれに激怒した項羽劉邦を殺そうとします。劉邦は謝罪に出向きますが、聞く耳持たずでした。からくも逃げ切った劉邦が4年後に項羽に反旗を翻す者たちを集めて兵を挙げ高祖を追い詰め、項羽は自殺し劉邦は漢の高祖となります。4年越しの死闘ですね。同じく日本の戦国時代でも越後の上杉謙信と甲斐の武田信玄は何度も川中島で戦います。特に有名な戦いが頼山陽漢詩川中島」で詠われる「鞭声粛々夜河を渡る」(べんせいしゅくしゅく、よるかわをわたる)策をとった上杉謙信が、武田軍の眼前に突如現れ攻め入ります。当然武田軍は劣勢。本陣が手薄になった時を逃さず、上杉謙信みずからが愛馬に騎乗し、刀をを振り上げ、床几(しょうぎ)に座る信玄に斬りつけ、信玄は床几から立ち上がり手にした軍配で受け、従者が槍で馬を刺すと、その場を立ち去ります。信玄は2回切り付けられたつもりでいましたが、軍配に傷が3か所ついていて心底震えました。
頼山陽はこの場面を「流星光底長蛇を逸す」と表現しました。「食うか食われるか」の戦いは後世の者にとってはドラマティックな場面として焼き付くものですね。