七歩の才

【漢字】七歩の才
【読み】しちほのさい
【意味】中国の曹丕曹植兄弟は優れた詩人であった。兄が弟の才能を妬んで七歩歩いている間に詩を作るよう命令した。曹植は兄弟の不仲を嘆く詩を作ったという故事より。作詩の才能があり、ひらめきが早い。
【例文1】七歩の才ではないから、制作まで1週間はかかる。
【例文2】俳句が七歩の才の出来映えだ。
【例文3】七歩の才で驚きだ。

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「七歩の才」を示した不遇の詩聖

「七歩の才」とは「世説新語」文学の故事から「詩を作る 才能が非常にすぐれていること。また、作詩が早いこと」です。曹植は魏の武王の息子です。詩文の才能に長じていました。その才能に嫉妬した兄の曹丕(文帝)は自分が 七歩あるく間に詩を作れなければ罰を与えると、無理難題を吹きかけます。ところが、七歩の間に曹植は自分たちを豆と豆がらに喩えて「豆を煮てスープを作り、醗酵したみそを漉して汁にします。豆殻は釜の下で燃料にされて燃え、豆は釜の中で泣いて訴えます。 私達は元は同じ根から育った豆と豆殻なのに、 なぜそんなに急いで煮ようとするのですか」と兄弟の不仲を嘆く詩を作ります。これを聞いて、帝は深く恥じいる表情をみせました。詩の才能を父曹操にも認められ、寵愛を受けていた曹植でしたが、兄文帝とは側近レベルで父の後継争いに発展し、兄が後継に指名されると、曹植は側近ともども厳しい迫害を受けるようになります。そして城を追われるように出て、親族間の交流もままならず、母が亡くなると後ろ盾をなくした曹植は41歳の若さで「常に汲汲として歓びなく、遂に病を発して」亡くなります。曹植は五言の古詩の作り手として唐の李白杜甫以前の「詩聖」と評されています。