良妻賢母

【漢字】良妻賢母
【読み】りょうさいけんぼ
【意味】夫には良き妻であり、子どもには賢い母である女性をいう。
【例文1】母は仕事に育児に家事に、良妻賢母の鏡である。
【例文2】良妻賢母だと褒められた。
【例文3】母のような良妻賢母を目指す。

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良妻賢母は理想の女性像ですが

一昔前までは女性は良妻賢母が理想像のように思われてきました。
実際に良妻賢母を絵に描いたような人もいました。
しかし、近年女性の社会進出が当たり前になってきて、性別に関係なく社会で活躍できる時代になってきました。
昔のように女性は結婚をして家を守るという認識が年々薄れてきているような気がします。
とは言え、それでも今でも女性の家庭における役割は重要です。
必ずしも良妻賢母な女性が幸せになるとも限らないようです。
良妻賢母を目指して努力することも大切ですが、自分を見失わないでいたいものです。
いつも誰かのためだけに働いていると、いつのまにか自分がなくなっていってしまいます。
理想とされる自分と本当の自分のギャップが大きくなればなるほど、そこには大きなストレスが生じてしまいます。
確かに良妻賢母を目指すことは決して悪い事ではないと思いますし、むしろ目標にしていきたいです。
しかし、その分、自分らしさを失わないために、きちんと自分の時間を設けて、自分に厳しすぎないようにすることも大切だと思います。

良妻賢母は男側の押し付けの理想像?

良妻賢母というのは、夫のため女としてよき妻となり子どもを産んで賢い母となるのがよいことだ、という考え方です。
明治時代から日本にある考え方で、私達も理想の女性像としてすんなりと受け入れてしまっています。
しかし、良妻賢母というのは本当によい考え方なのでしょうか? 私達は何かを見落としていないでしょうか?
まず、子どもを産むことができない女性がいるということを考えに入れていません。子どもを産むことができなければ、良妻にはなれても賢母になることはできないのです。
このあたりに、女性の存在意義は子どもを産むことなのだという戦前の家の価値観や男尊女卑の価値観が透けてみえてきます。
結局のところ良妻賢母というのは、男性社会における都合のよい女性のことを指しているのです。
ですが、なかなかこのことは世の中に浸透していません。教育の場ですら安易に良妻賢母の素晴らしさを語ってしまっている現状があります。もちろん、保守論壇は良妻賢母の価値観を推し進め、批判する者はフェミニストで左翼だというようなわけのわからない批判を浴びせてくるのです。
また、ドラマなどでも良妻賢母型の物語は視聴者に好まれます。NHKの朝ドラなども知らず知らずのうちにそうした価値観を肯定し、強化しています。良妻賢母という価値観は日本社会に深く根付いてしまっている問題なのです。

良妻賢母の妻ではなく良かったと思うこと

夫に優しく、子に教育熱心で賢い妻。つまり、良妻賢母だと自分も大変になるので、その言葉に適していない妻で良かったと思います。
自分自身がしっかりしていれば、妻へ求める理想も高くなると思いますが、自分がいい加減で人に対しては厳しくするのは間違いだと思っています。
私の妻は、帰宅が遅いと昔から先に寝て、夕食の支度はしていない日も多々あります。しかし、洗濯や掃除、育児などはしっかりやっているので、私に対して待遇が悪くても良しとしています。
もし、良妻賢母だったら妻に負担がかかり、人間なのでストレスが溜まり、いつか爆発する可能性があると思います。世の中には、様々な家庭があるので、良妻賢母の妻を持つ旦那さんもいると思いますが、普通が一番だと思います。
ただ、主人には厳しく子どもに教育熱心で、家計の切り盛りは賢くやっているので、ある意味私の妻は優秀なのかなと思います。
時代劇で好きなシリーズがあって、主人公の奥方は正に良妻賢母で、その時代劇を見る度に憧れる夫婦関係です。もしかすると、昔の理想的な妻とされるのが良妻賢母であって、現代の理想とされる妻は、また違った形なのかも知れません。共働きの家庭も増えているので、夫婦間の関係にも変化があると思います。