門前の小僧習わぬ経を読む

【漢字】門前の小僧習わぬ経を読む
【読み】もんぜんのこぞうならわぬきょうをよむ
【意味】寺から聞こえてくるお経を門の前で遊んでいる小僧がお経を覚えてしまうことから、いつも見たり聞いたりしていれば自然に身に付くもの。
【例文1】子ども部屋から聞こえてくる音楽が、門前の小僧習わぬ経を読む。
【例文2】棟梁の技術を門前の小僧習わぬ経を読む。
【例文3】母の手料理の味は門前の小僧習わぬ経を読む。

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「門前の小僧習わぬ経を読む」と言いますが、次郎法師が読む観音経とはどんなもの?

「門前の小僧習わぬ経を読む」とは「身近な環境から影響を受けること」の意味で、いろはかるたの江戸版の中に入っている言葉です。お経と言えば、日本でよく知られているのは般若心経と観音経ではないでしょうか。どちらも宗派を問わずお唱えされますし、写経でも使われています。また、今年のNHK大河ドラマ「おんな城主直虎」でも出家された次郎法師が子ども時代からよく唱えていたのが観音経です。独特の節をつけまるで歌うかのように唱えている姿が印象的でした。その観音経ですが、「法華経」全二十八章のうちの「観世音菩薩普門品」のことで、お釈迦様に観音様をどうしてみんなが信仰するのでしょうかと問答をしているのですが、最後の2節に内容が集約されています。「ゆめゆめ、観世音菩薩に疑いを持つことはないようにしなさい。観世音菩薩のその清らかさ尊さは、人が日々遭遇する苦悩や死の災いなどにおいて、救済のための確かな拠り所となっているのです。観世音菩薩は全ての心の善い性質を備え、慈しみの眼差しで生きとし生けるものを見守っているのですよ。観世音菩薩が福徳を備えていること海の様に無量なのです。だからこそ観世音菩薩を信じ礼拝しなさい」と観音様の無限の愛を信じるようにと説いているのです。ちなみに次郎法師は臨済宗に帰依していますが、ドラマでの節回しはドラマ内だけの演出だそうです。