柳の下にいつもどじょうはいない

【漢字】柳の下にいつもどじょうはいない
【読み】やなぎのしたにいつもどじょうはいない
【意味】柳の下で一度どじょうが捕れたからと言っていつも捕れるとは限らないもの。一度うまくいったからと言って次も幸運が訪れるとは限らない。
【例文1】バスに可愛い子が乗ってきた。次の日の同じ時刻のバスには柳の下にいつもどじょうはいなかった。
【例文2】今日は大漁だったが、次は柳の下にいつもどじょうはいない。
【例文3】柳の下にいつもどじょうはいないけど期待する。

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柳の下にいつもどじょうはいない場合といる場合

「柳の下にいつもどじょうはいない」というのは、同じ方法で幸運を得られることは少ないという意味です。
たとえば株式投資で、ある会社に投資をして大儲けをすることができたとしましょう。一度上手くいったのでもう一度、もう一度と何度も投資をしていくのですが、最初の一回以外は失敗続きでした。これが「柳の下にいつもどじょうはいない」の例ですね。
ただ、柳の下にいつもどじょうがいる時もあります。この違いは一体何なのでしょうか?柳の下にどじょうがいることの根拠に理由がありそうです。
たとえば以前株価が上がって儲けることができたから今回も上がるに違いないという考え方を「経験論」と言います。経験論は当たることもあるのですが、根拠がかなり薄く一般的ではないので外れることも多いです。
一方、経験だけではなく株価に関する他の指標を見て考えると株価は上がるに違いないというのが「理性論」と呼ばれるものです。理性論に基づいた行動は根拠があるので当たる確率が高くなります。
体験したことを咀嚼して考えることが本当の経験だと言うことができます。そうした本当の経験を元にどじょうを探した場合、見つかる可能性が大幅に上がるのです。さて、私達も本当の経験を積んでどじょうを探しにいきましょう。