門松は冥土の旅の一里塚

【漢字】門松は冥土の旅の一里塚
【読み】かどまつはめいどのいちりづか
【意味】めでたい正月には門松を飾るけれど人生の終わりにまた少し近づいていることでもあるということ。
【例文】正月に三世代家族が集まるのは、門松は冥土の旅の一里塚だが、ひ孫を見るために長生きしたい。

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門松は冥土の旅の一里塚の思いで誕生日を迎える

門松は冥土の旅の一里塚は正月に例えられる諺ですが、一人ひとりに当てはめると誕生日になるのではないかと思います。子供のころは友達や親から誕生日を祝ってもらっていましたが、大人になるとだんだんと門松は冥土の旅の一里塚の思いで、誕生日を迎えるのが嫌になってきます。鏡を見てもしわが増えるたびに門松は冥土の旅の一里塚を思い立たせてくれます。そもそもこの諺はどこから来たのか調べてみると、一休さんからだそうです。狂雲集という詩集に出てくる諺で、老いが近づいてあの世に一歩近づいたよという意味が込められている教えです。若いときはあの世に旅立つなんてあまり気にしませんが、ある程度の年齢になると死が近づいてくるので、門松は冥土の旅の一里塚を毎年気にするようになってきます。しかし、あまり気にしすぎてもかえって辛くなるだけなので、健康でいられれば老いてきてもいいんだと思うようにしています。ニュースなどを見ると昭和の俳優が亡くなっていくのを見て、門松は冥土の旅の一里塚を過ぎたんだなと思ったりもして悲しい気持ちになります。よく永遠の二十歳だとか言う人がいますが、門松は冥土の旅の一里塚を迎えても気持ちだけは若く持ちたいものです。