目には目を、歯には歯を

【漢字】目には目を、歯には歯を
【読み】めにはめを、はにははを
【意味】ハムラビ法典にでてくる有名な言葉。多くはやられたらやり返せという風に使われているが、本来の意味は過剰な報復の連鎖を抑制するための戒めの言葉である。
【例文1】目には目を、歯には歯をでやり返した。
【例文2】目には目を、歯には歯をで倍返しだ。

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「目には目を、歯には歯を」は誤解されることが多い

「目には目を、歯には歯を」、御存じハムラビ法典がもとになっていることわざです。
最近、流行ったドラマの影響で似たような流行語で例えると「倍返しだ」ってのがパッと浮かんできたり、もう徹底的に痛めつけてやるって感じで脅しの文句として使われることが一般的ではないでしょうか。
しかし、このように復讐の時に仕返しにと言ったイメージやもっと強い報復に出るといった感じで使われるようになっています。しかしながら、もともとのハムラビ法典では、復讐法というわけではなく罪を罰する時にはそれ相応の同様の罰を与えるといった法体型なので、現代ならいざ知らず古代では、まあまあできた法律だとも言えます。
法律というのは、犯罪をなくすためのものであったり犯罪を防止するために作るわけですから、その時代や背景、政治等いろいろ絡みます。
罪を犯したら、罰さなきゃいけないというのが当たり前というか常識なのですが、ここら辺は現代でも難しいところだと思います。例えば、現在は死刑廃止の傾向ではありますが、維持している人や国もあります。それに反対している人も、それなりの理屈を持っているでしょう。ただ、死刑廃止が必ずしも正しい道とは限らないと思います。
命は簡単に奪ってはいけないというのがありますが、それ以上に命を奪った場合には、それ相応の罰が必要だしそうするべきだという考えのどちらが間違っているのかは簡単に論じられない難しさを持っているのです。

目には目を、歯には歯をの精神よりわかりあいを

わたしたちは時に目には目を、歯には歯をという言葉を使い、やられたらやりかえそうとすることがあります。果たしてわたしたちはそれで本当に満足を得られるのでしょうか。やられて悔しかったこと、悲しかったことを怒りに変えて相手を攻撃するときに、きっと心は怒りに満たされているでしょう。叩かれたからすぐ叩きかえすような反応的なものであれば一瞬の怒りですみますが、どのようにやりかえすのかを考えているときに、怒りをたぎらせた状態が続きます。自分以外の人やもの、できごとに影響を受け心を怒りで満たし続けるのは精神的によいとはいえないでしょう。そして怒り続けると疲れます。もし自分がやったと思っていないのに、やりかえされたとしたら、自分はなにもしていないのにやられたと思うかもしれません。誤解からさらに新たな怒りを生みだすことになります。やられたらやりかえすは個人対個人であれば喧嘩ですが国対国になれば戦争になるかもしれません。個人対個人の平和があってこそ、国対国の平和があると思います。これからのわたしたちに必要なのは目には目を、歯には歯を精神ではなく、話し合いお互いわかりあおうとする精神ではないでしょうか。国や文化が異なれば価値観も異なるからです。