手が付けられない

【漢字】手が付けられない
【読み】てがつけられない
【意味】取るべき方法・手段がない。どうしようもない。
【例文】赤ちゃんはいったん泣き出すと手が付けられない。
【参考】「手を付ける(=始める)」の否定形「手を付けない(=始めない)」とは意味が異なることに注意。

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手が付けられないほどの虫歯を作ってしまいました

就職をしてからしばらくの間、研修やらなんやらで何かと忙しく、歯をちゃんと磨かなかった時期があります。
それである時、急に複数の歯が痛み始め、どうにも我慢できない状態となってしまったのです。
仕方がないので、歯医者に行く事にしました。
歯医者さんに口の中を診てもらうと、手が付けられないほどたくさんの虫歯がある事を指摘されたのです。
これを完全に治療するには、長期間かかると言われてしまい、愕然としてしまいました。
しかし一本たりとも虫歯をほっておくわけにはいかないので、気長に治療して貰う事にしました。
治療中嫌だったのは、麻酔を打たれる事です。
治療の痛みを和らげるためとはいえ、この麻酔の注射がやたらと痛かったのです。
毎回毎回治療の度に、この痛い麻酔注射をされてしまい、いい加減歯医者に通うのが嫌になってしまう程でした。
しかし途中で投げ出してしまっては虫歯がそのままになってしまいますから、歯をくいしばって耐える事にしたのです。
一部の歯は治療困難で、抜歯する事になってしまったのですが、抜歯からしばらくの間痛みがあり、これも苦痛の種となっていました。
そんなこんなで色々とありましたが、何とか虫歯を全て治療し終えたのです。
何とか虫歯は治りましたが、抜いてしまった歯もあり、手が付けられないほどの虫歯を作ってしまった事をひどく後悔しました。

人間万事塞翁が馬

【漢字】人間万事塞翁が馬
【読み】にんげんばんじさいおうがうま or じんかんばんじさいおうがうま(どちらも可)
【意味】幸せだと思っていたことが不幸に変わったり、一見、不幸だと思われることが幸運を呼び込むきっかけになることがあるということ。また、長い人生何が幸いして何が禍になるか予測が付かないので、むやみに一喜一憂すべきではないという戒め。
【例文1】新車を購入して喜んでいたが、翌日車をぶつけてしまった。落ち込んだが、人間万事塞翁が馬で気を引き締めていこう。
【例文2】足を骨折をして長期入院を強いられた。暇なので上半身を鍛えたらモテはじめて人間万事塞翁が馬だ。

人間万事塞翁が馬の語源

人間万事塞翁が馬』は中国の書物淮南子(えなんじ)』が出典になっています。

人間万事塞翁が馬』の「人間」とは日本で言う人ではなく中国で言う世の中を意味します。「塞翁」の「塞」は砦、「翁(おきな)」とはおじいさんという意味です。「が」は所有を表す格助詞になります。直訳すると砦の近くに住んでいるおじいさんの馬のお話になります。

その昔、中国の北方に砦があり、そこに占いが得意なおじいさんが住んでいました。ある日、おじいさんが飼っていた大事な馬が逃げてしまいました。近所の人たちはおじいさんを気の毒に思い慰めに行ったところ、おじいさんはうれしそうに言いました。

「このことがきっかけで幸福が舞い込んでくるかもしれない。」

数日後、行方をくらましていた馬がいい馬をたくさん引き連れて戻ってきました。近所の人たちがお祝いに行くとおじいさんが残念そうに言いました。

「このことが災いにならなければいいが」

しばらく経って、おじいさんの息子が落馬して足の骨を折ってしまいました。近所の人たちがお見舞いに行くとおじいさんは平然と言いました。

「このことが吉と出るだろう」

ある日、おじいさんの国が戦争になり、敵が砦まで迫ってきました。多くの若者は戦争に駆り出され戦死しましたが、おじいさんの息子は足のケガのおかげで徴兵を免れることができました。おじいさんの息子は命拾いをしました。

ここから良くも悪くも災いや幸せは予測できないものという故事成語が生まれました。

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人間万事塞翁が馬」の由来は?

人間万事塞翁が馬と言われる故事成語は、人生には色んなことが起こるから、一々大げさに反応しても仕方がないという意味ですが、この由来をご存知でしょうか。

その昔、中国に塞という国がありました。この言葉は、塞の国に住む親子の話から来ています。親子と言っても子は既に成人しており、親ももう翁、つまり老人の年令になっています。ある時、子が大きくて立派な馬を手に入れました。子はとても喜んで近所の人々に自慢をしていましたが、ある日その馬から落ちて大きな怪我を負ってしまいました。怒った子は馬に対して怒り、またとても悲しみました。こんな馬なんか手に入れなければ良かったと思いました。ところがその数日後、塞は隣国との戦争状態に突入しました。若い男たちは兵に徴収されていきますが、怪我をしている男は徴収されずに済みました。戦争に行かなくて済んだ男は、怪我をしていて良かったと喜びました。そしてこれらの間、親である翁はこの様子を穏やかに笑いながら見つめていました。
この話からは、とにかく子供の方がコロコロと感情を変えているのが分かります。実際、色んなことに対して鋭く反応していると感情も揺れ動きますが、それに合わせてとても疲れてしまいますね。塞翁が馬とは、こんな風に色んなことが起こっても静かに穏やかに過ごすことが人生を幸せに生きる秘訣だ、という故事成語なのです。

人間万事塞翁が馬の具体例

 

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酸いも甘いも噛み分ける

【漢字】酸いも甘いも噛み分ける
【読み】すいもあまいもかみわける
【意味】人生経験を積むことで、世の中の表と裏を知り尽くしていること。そこから人情に通じ、どのような状況でも上手に対応ができること。
【例文1】彼は自己中心的で酸いも甘いもかみ分けきれない。
【例文2】人生経験が豊富な彼女はどんな人にも酸いも甘いも噛み分ける。

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酸いも甘いも噛み分けた魅力

ある仕事で知り合った派遣社員のAさん。年齢は40代ですが一回りは若く見えるのです。飛び抜けてスタイルが良い訳ではないが程よく筋肉がついており顔が小さくバランスが良い為、スラリとしてみえ育ちの良い雰囲気でタートルネックが非常に似合う人です。テキパキ仕事をして頭の回転が速くいかにも仕事できますという雰囲気です。話すと面白い人ですがどこか淡々としており休憩も1人で外で食事が多く必要以上に周囲と関わろうとしない為、私生活が見えずミステリアスでした。ある時、上司の進捗ミスで本来納期に3週間かかる仕事を1週間で完了させないといけなくなり困り果てた所、Aさんは残業と休日出勤で完璧に完了させ周りはただ敬服するしかなかった事がありました。上司にきちんと説教までして進捗表のテンプレートまで作成し、若い社員に指導。みんな驚く程の業務能力でした。
余り自分の事を話さない人なのでよく知らなかったのですが、以前は大手企業の本社で正社員で働いておりいくつも資格も持っているとか。家庭の事情で辞めざるを得ない状況になり現在は派遣社員をしているそうです。
若くして身内に不幸が続きかなり苦労があった様子。
「隠す訳じゃないけど人は都合のよく弱み見つけて好き勝手言うからプライベートを話すのが面倒なだけ」と言ってました。
酸いも甘いも噛み分けるとどんな状況になっても余り驚かないと言ってました。あの淡々とした態度は性格だけではなく環境もあるんだろうなと思いました。

水魚の交わり

【漢字】水魚の交わり
【読み】すいぎょのまじわり
【意味】水と魚が切っても切れないことから離れられない親密な関係をいう。
【例文1】小学校から水魚の交わりだった30年来の旧友の訃報に呆然と立ちすくした。
【例文2】20年の付き合いで水魚の交わりだから言葉にしなくても友人の考えていることがわかる。

水魚の交わりの語源

水魚の交わり(すいぎょのまじわり)とは、水と魚の関係のように離れることができない親密な交際や必要不可欠な間柄。また、主従関係や夫婦、友人と仲睦まじいことの例え。魚は水があってはじめて生きられることからから転じて用いられています。
 
もともと水魚の交わりは中国の『蜀書 諸葛亮伝』を原典とする故事成語です。『三国志演義』の中に出て来る逸話としても親しまれています。

劉備三顧の礼を持って諸葛亮諸葛孔明)家臣に迎えてから、劉備諸葛亮が親交を深めていきました。そのことを古参の家臣である関羽張飛は快く思いませんでした。

劉備関羽張飛に『水魚の交わり』という言葉を出して語りました。
「私が諸葛孔明を得たのは魚が水を得たようなもの。諸葛孔明の軍師としての器量を愛することは、夫が妻を愛おしく思うようなものだ。桃園の誓い交わした私たち義兄弟の契には何も影響しない。」

古代中国では魚は恋人、配偶者の暗喩です。すなわち劉備諸葛孔明は夫婦のような関係で常に一緒にいるのは当たり前。劉備関羽張飛との義兄弟の関係とは別である。そう言った劉備関羽張飛は納得しておとなしく引き下がったとされています。

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水魚の交わり」って何?

水魚の交わり」という言葉は三国志諸葛亮伝に出てくる言葉で、水と魚の関係のようにきわめて親密なつきあいのことを言います。「水魚の親」「水魚の因(ちなみ)」も同じ意味の言葉です。魚は水がなければ当然生きてはいかれません。きわめて親密なつきあいなら傍から見て何も問題ないように思えます。でも、ちょっと待ってください。こういう言葉もあります。「水、清ければ魚住まず」あまりに清廉潔白な人だと近寄りがたく、友人が少ないという意味ですが、水が綺麗すぎると魚の餌になるプランクトンが住むことができないので魚も当然住めません。「水魚の交わり」が市販のミネラルウォーターのように二人の関係性に透明感のあるものならいいのですが、泥水を二人ですするような関係性だったとしたら最悪です。政治の世界でも個人の交友関係が、問題にされる場合があります。二人の関係がずぶずぶの依存関係だった場合、収賄汚職が懸念されでも仕方がありません。「朱に染まれば赤くなる」という言葉もありますし、「類は友を呼ぶ」などという言葉もあります。政治家として国家の運営に携わる者でしたら、襟を正してご自分の交友関係もよく見直してみるべきですね。自分を正しく良い方向へと導いてくれる友人と「水魚の交わり」ができればこれ以上の幸せはないでしょう。

耳慣れない

【漢字】耳慣れない
【読み】みみなれない
【意味】これまであまり聞いたことがない。
【例文】耳慣れない方言に興味が湧いてきた。

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耳慣れない言葉が多すぎます

いつ頃からか分かりませんが、耳慣れない言葉がやたらと巷で使われるようになっています。
アメニティー、ユニバーサル、バリアフリーなど、次から次へと耳慣れない言葉が登場してくるので、意味を理解するのにとても時間が掛かってしまいます。
私くらいの年のモノは未だ良いですが、お年寄りと呼ばれる世代にとっては、耳慣れない言葉は魔法の呪文のように聞こえるはずです。
しかし耳慣れない言葉でも、社会で普及してしまえば、使わざるを得ない状況になってしまいます。
とはいえ、お年寄りにとってこれほど酷な事はありません。
お年寄りはただでさえ、記憶力が衰えていることが多い物です。
そんなお年寄りに、次から次へと出てくる耳慣れない言葉を覚えろと言うのですから、酷と言わざるを得ません。
バリアフリーという言葉は、障碍者の方やお年寄りの方が住み易くするための言葉です。
ですがバリアフリーという言葉は、お年寄りにとって優しい言葉とは言えません。
バリアフリーという言葉が壁を作り、お年寄りが住みにくい社会を作ってしまているのです。
バリアフリーに因って段差をなくしたりする事も大事ですが、言葉もお年寄りの為にバリアフリー化して欲しい物です。
耳慣れない言葉はこれからも増えて行くと思いますが、高齢化社会に伴い、お年寄りの為に何とかしていかなくてはイケないのではと思います。

氷山の一角

【漢字】氷山の一角
【読み】ひょうざんのいっかく
【意味】表に出ている悪事はまだ全体のほんの一部である。
【例文】娯楽費を経費で落とすくらいは氷山の一角にすぎない。

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氷山の一角とは

「氷山の一角」とは、表面に現れている事はは好ましくない物事の全体のほんの一部分であることのたとえのことでこれは明治時代に西洋の言葉が入ってきた時に翻訳され定着したことわざだと言われています。
由来は氷山の一角とは氷山の一部分という意味で海上から見える氷山は全体の7分の一程度の大きさで海面下にはもっとおおきな氷山が隠れているということとされています。氷山の一角というと悪い事柄に使われることが多いですがその背景にはこの言葉が生まれた頃ちょうど公害や汚職などといった社会問題や凶悪事件なども取り上げられるようになってその報道の際に「氷山の一角」というフレーズが多く使われていたため氷山の一角=悪い事柄とが定着したのだと言われています。
私が働いている会社でも「この問題は氷山の一角に過ぎない」なんて言葉をよく耳にします。上司に報告する問題はほんの一握りだけどしっかりと調べてみると報告できないほどたくさんの問題が隠れているものです。
私が日々の生活で氷山の一角だろうなと思うことは、テレビのニュースで毎日悪い事件が報道されているがそれもきっと氷山の一角で世界ではもっとたくさんの事件が起こっているのだと感じます。

歯に衣着せぬ

【漢字】歯に衣着せぬ
【読み】はにきぬきせぬ
【意味】思ったことを気にせず言う。
【例文】何度言っても聞く耳持たない者には歯に衣着せないとわからない。

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歯に衣着せぬタイプの友人はいない

竹を割ったような性格だとか、歯に衣着せぬ物言いをする人だとかの言葉は、
比較的良い意味で使われているような気がします。
確かに、そんな人はカッコよく感じるし、憧れる気持ちもあります。
しかし、同時にちょっと苦手意識を持ってしまうことも事実です。

私自身は、竹を割ったようなというよりも、雨ざらしでしっとりした小枝のような性格だし、
歯に衣着せぬどころか、色々なものでくるみ過ぎて、
結局何を言いたいのか、自分でもよく分からなくなってしまうような、はっきりしない話し方をします。
私のこの特性は、決して自慢できるところではないし、むしろ欠点で直すべきところです。
しかし、簡単に直せるものなら、いつまでもこんな特性を抱えてはいません。

こんな特性を抱える私にとって、歯に衣着せぬ物言いをする、
竹を割ったような性格の人は、少々怖い存在です。
言いにくいことを、そのものズバリと言い切られると、濡れた小枝はしんなりしてしまいます。
やんわり絹で包まれるように言われるのと、歯に衣着せぬ言い方で言われるのとでは、
やはり後者の方がダメージが大きく、あまり近付きたくない、話をしたくないと感じてしまうのです。

おそらく、向こうも私のような性格は扱いづらいと感じのるでしょう。
私の友人は、絹で優しく包んで、気を使って話してくれる人ばかりです。

鳶が鷹を生む

【漢字】鳶が鷹を生む
【読み】とんびがたかをうむ
【意味】普通の親から有能な子が生まれる。
【例文】わが子ながら二人も鳶が鷹を生んだ。

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「鳶が鷹を生む」ということわざ

「鳶が鷹を生む」ということわざは、特別な人ではない普通の両親から、抜きんでた人材が生まれたというようなときに使われることが多いようです。
凄い研究結果で社会に大いなる貢献をした人の親に、自分の子供についてのインタビューなどをしたときに親が言ったりします。
反対に鷹が鳶を生むということはよくあることで、二世という言葉でくくられる人達のほとんどがそうではないでしょうか。
政治家にはけっこう二世がいて、親の地盤を利用して政治家として政界に入って行く人がいます。
二世の中には総理大臣になった人もいれば、総理大臣の息子であり、なかなかイケメンで遊説の際にはお国言葉を使って会場を沸かせるという庶民的な雰囲気を持っている人もいます。
逆に二世としてたくさんの支援者を持ちながら、その支援者からも呆れられるような結婚詐欺まがいの事態を引き起こしたような人もいます。
政界は二世と言うだけで指定席券をゲットした感じでいけるところなようです。
芸能界でも二世は多く、二世ということがまず売り出す際の看板になります。
その点、歌舞伎界のような伝統芸の世界では、逆に二世であること三世であることが重い場合があるようです。
できて当然、できないと先代はこうだったという批判を受けます。

手を広げる

【漢字】手を広げる
【読み】てをひろげる
【意味】規模を大きくする。
【例文】事業の手を広げる。

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事業がうまく行かず手を広げる人たち

私も自営業者で、あまり経営が芳しくない時に、1発を狙って、違う事業に手を広げたことがあります。結果は惨敗でしたが。
結局のところ、最初の基本コンセプトに戻ってきます。前代から受けついている事業であればともかく、自分で起業したような場合、最初自分は何を売ろうとしたのか。どうやってお客様の喜ぶ顔が見たいのか。自分はどうありたいのかというコンセプトにすべて集約されていくことに気づきました。
1発を狙って、そんなに詳しくない分野に手を広げたところで、その事業は他にも同業の方がいて、その方々と勝負しても勝てるわけはありません。他の同業の人はそれで何年も飯を食ってきているわけですので、裏技的な企業秘密なんて教えるわけもありませんし、相当な特殊で必ず成功するだろうという奇抜なアイディアがなければ太刀打ちできないのです。そこを分からず(私もそうでしたが)、これをやれば儲かるというだけで、そこに参入しても痛い目を見るだけです。
所詮は人間1人でできることは限られていきます。もしも、手を広げた事業が成功したところで、本業が回復した時にどうしますか。今度は仕事過多となり苦しいことになるかもしれません。
現在私は、本業1本に絞り込み、黙々とそれについての鍛錬を行っています。

矯めつ眇めつ

【漢字】矯めつ眇めつ
【読み】ためつすがめつ
【意味】いろいろな方向からよく見ること。
【例文】婚活パーティで相手を矯めつ眇めつで慎重に見定めた。

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「矯めつ眇めつ」その孫を見つめ

テレビのドラマに「やすらぎの里」というのがあります。
これはテレビ朝日のドラマで、毎日月曜から金曜までお昼の12時半からやっています。
脚本家の倉本聰さんが、団塊の世代のために書いたということで出演者の平均年齢はたいへん高いというドラマです。
主人公は石坂浩二さんで、彼を中心にして芸能界で昔活躍したという人達が老後を過ごす場所でさまざまな出来事があり、それを毎日けっこうたくさんの人が視聴しています。
ドラマの中では、高齢石坂浩二さんが演じる脚本家が、昔まだ奥さんが元気だったころに、別に愛してしまった女性がいたこと。
その女性が震災で亡くなったこと。
その女性の孫から連絡があり、会ってみるとまるで亡くなった女性に瓜二つであったことがドラマティックに描かれていました。
石坂浩二さんは「矯めつ眇めつ」その孫を見つめて、かつて自分が愛した女性を想います。
そして、また会えるとなるとワクワクしてしまうのでした。
この「やすらぎの里」には、まだまだ恋の現役という人がけっこういるということだそうです。
高齢者が抱える問題が次々と提示されるドラマですが、高齢者も恋をするという点は重要なようで、石坂浩二さんだけでなく高齢者の恋が描かれています。

秋霜烈日

【漢字】秋霜烈日
【読み】しゅうそうれつじつ
【意味】秋の霜と夏の強烈な日差しの様子で、刑罰が非常に厳しいこと。日本の検察官記章の通称。デザインが広がる霜と太陽にも見えるためである。
【例文】犯罪者に秋霜烈日の罰を下す。

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秋霜烈日は厳しさだけではなかったのですか

秋の早朝の霜(しも)が降りるような寒さや夏の苛烈な強い日差しなどの厳しい気候を指す秋霜烈日という表現があります。
検察官記章のデザインを指す場合ものありますが、その場合は霜の厳しさばかりでなく日差しの暖かさも表現していると言われます。
実際に検察官記章の画像を検索してみると、中央の赤丸から上下左右の四方に三枚ずつ白い花びらが伸びその間に金色の三本の突起が覗いています。
白い花びらのような部分が霜で、金色の突起のような部分が日光を表現しているのでしょう。
もともとは特に秋の霜や日差しなどを考慮してデザインされた訳ではなく、平等公正に正義を追求するイメージを形にしたらしいです。
検察とは警察とは別もので、裁判所に公訴したりすることが仕事のようです。
罪を憎んで人を憎まずとは言いますが、そのような匙加減など犯罪被害者は全く要求しないでしょう。
既に社会的に罰せられているからとか何やかやの理由をつけて情状酌量を求めるのは、悪事を働いたことがばれて逃げられなくなった犯罪者です。
やりたい放題やっておいて、いざ自分が刑罰を受ける段になって慈悲を請うなど身勝手にもほどがあります。
社会の秩序を守るならば秋霜烈日の元の意味のとおりに粛々と公正な裁きを要求するべきだと思います。

腰を抜かす

【漢字】腰を抜かす
【読み】こしをぬかす
【意味】非常に驚いて座り込む様子。
【例文】心霊スポットですすり泣く声が聞こえたので腰を抜かした。

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腰を抜かすお巡りさん

ダイエットや体の健康のために、毎晩ウォーキングをしています。毎日時間は決まっていて、仕事から帰宅して夕食を済ませ一休みしてから行くので、午前0時頃が主流になっています。
ウォーキングの時間は、1時間30分程度で自宅周辺をコースにして妻と一緒に歩きます。
ある日、ウォーキングから自宅に戻ろうとしていたら、自宅の門の前に誰かいることに気がつきました。自宅の前は、奥まった路地のため暗くて良く見えず、1人誰かいるということしか分からないまま近づいて行きました。
私と妻が自宅の門に近づくと、お巡りさんが私達のいる場所と逆方向を見ていました。お巡りさんが振り返ると目の前に私達がいたので、驚いたらしく『何だ!』と叫び座りこんでしまいました。
腰を抜かすお巡りさんを見て、私と妻は思わず笑ってしまいましが、悪い気がしたので笑いをこらえてどうしました?と声をかけました。
現状を掴めたお巡りさんは、何されてますか?と私に聞いてきたので、目の前の自宅に帰るのですが何か?と言うと、『そうでしたかそれは失礼しました!』と言ってきました。
話しを聞くと、不審者がいるという通報があったらしく、交番のお巡りさんが近所を見回っていたらしいです。
お巡りさんとはいえ人間なので、腰を抜かす時もあるんだなと思いました。

群雄割拠

【漢字】群雄割拠
【読み】ぐんゆうかっきょ
【意味】多くの英雄や実力者が勢力を持ち対立すること。
【例文】老舗店の周囲に大型施設が立ち並び群雄割拠になっている。

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群雄割拠の陸上日本男子短距離陣

先日ついに桐生選手が日本人で初となる100m9秒台の世界に突入しました。高校時代に10秒01の日本歴代2位の記録を出して以来、毎年期待されてきただけに待望の9秒台という事になりました。しかし、この9秒台に突入した桐生選手も、先の世界陸上では選考会で敗れ、個人種目への出場ができませんでした。それほど現在の陸上日本男子短距離陣は群雄割拠の時代となっています。長らく日本短距離界を引っ張ってきた朝原選手らが、北京オリンピック400mリレーで銅メダルを獲得(後にジャマイカのドーピング違反により銀メダル)し、桐生、山縣、飯塚、ケンブリッジリオデジャネイロオリンピックで銀メダルを獲得するなど、男子短距離界は着実にレベルアップしている状態です。彼らメダリストに加え、今シーズン新たに頭角を現してきた多田選手や、今年の日本選手権で100m、200mを制し短距離二冠を達成したサニブラウン選手など続々と有力選手が出てきている状態です。そのような盛り上がりの中、桐生選手が9秒台に突入したという事は、ライバルたちにもかなりの刺激を与えたに違いありません。これまで外国選手のみだった9秒台の世界を一緒に競っている選手が体験したという事になれば、更に競争が熾烈になってくるでしょう。東京オリンピックも近くなってきました。この盛り上がりの中で、どんどん記録を伸ばして行ってもらいたいです。

昨日の敵は今日の友

【漢字】昨日の敵は今日の友
【読み】きのうのてきはきょうのとも
【意味】昨日まで敵だった者が今日になって交友関係が変わること。
【例文】試合で負けた相手チームと昨日の敵は今日の友で仲良くなった。

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昨日の敵は今日の友(14)

わたしたちの世代はやんちゃな人が多く、そういうのが流行ったし、そういうのがかっこいいとされていた時代だったように思います。
中学生の頃、わたしたちの学年の女子は真っ二つに分かれており、完全なる二代派閥でした。
同じ派閥の友達としか付き合わないし、話もしない。
なぜそうなったのかわからないのですが、 出身小学校なども多少関係しているのかもしれません。
わたしはよくわからないままいつの間にか派閥の中心におり、女子の世界の複雑さの中で困惑していました。
友達になりたいなーと感じる子も向こうも派閥にいたし、もうこういうの嫌だなぁーと思っていました。
忘れもしない、修学旅行の時。
わたしは向こう側の派閥の集団の中に割って入りました。
向こう側の派閥のみんなは「えっ、なに?」「なにしに来たの?」「修学旅行に喧嘩かよ」一気にみたいな空気になりました。
向こうの派閥の中心人物に「今日一緒に行動しない?」と声をかけてみました。一瞬驚いていましたが「いいね!」とあっさりと快諾。
その日以来派閥なく、楽しい修学旅行となり、わたしは伝説を作ってしまいました(笑)
今でもみんな仲良く、未だに酔っ払うとあの修学旅行の話になります。
昨日の敵は今日の友、我ながらいいことをしたと思います。

火中の栗を拾う

【漢字】火中の栗を拾う
【読み】かちゅうのくりをひろう
【意味】自分の利益にもならないのに他人のために危険を冒すこと。
【例文】ごう慢な彼が火中の栗を拾うことをするはずがない。

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火中の栗を拾うのは確かに危険です

今どき焚き火をしている場で栗を焼こうなどとする人があるとは思えません。
歴史の教科書で火中の栗を拾うという題目の風刺画を見たときにその言葉の意味を知り危険性を既に知っているはずです。
もともとこの言葉は「猿と猫」というフランスの寓話がその由来だそうです。
猿が猫をおだてて暖炉の栗を拾わせ、結果は猫が大火傷を負い猿が栗を食べたという話です。
危険な仕事を他人に押し付けてその利益だけは自分がいただくというなんとも小悪党な振る舞いです。
教科書に載っていた風刺画は、猫が日本で猿がイギリス、栗を煮ていたのはロシアだったとおもいます。
結果は戦争という大惨事、唆されて動いてしまったのも賢くないと言えますがおよそ紳士の国とは言えない非道なやり方です。
さて、他人に唆されて危険を冒すのを火中の栗を拾うといいますが、安全に栗を焼く方法も無いわけではありません。
急激に加熱すると中の水分が蒸気となって爆発するので、そのまま焼くのは危険です。
焼いている場所に近づくだけで危険、焼きあがりそうな時などさらに危険度は上がります。
破裂しないようにするには、弱火で長時間加熱する石焼などの方法が良さそうです。
他の方法として、軽く切れ目を入れればそこから程よく蒸気が抜けるので、そちらの方が安全度は高そうです。
銀杏を石油ストーブの上で焼くときなどにもこの方法は使われます。